神戸地方裁判所 昭和31年(ヲ)422号 決定 1958年2月24日
申立人(所有者) 児島寛二
相手方(債権者) 株式会社興紀相互銀行
主文
本件異議の申立を棄却する。
申立費用は申立人の負担とする。
事実
申立代理人は、「当裁判所が債権者株式会社興紀相互銀行、債務者黒田ダイ・所有者児島寛二間の昭和三一年(ケ)第一五三号不動産競売申立事件において同年六月二五日別紙第一目録記載の物件についてした不動産競売手続開始決定を取り消す。債権者の右競売の申立を却下する。申立費用は相手方の負担とする」との決定を求め、申立の理由として次のとおり述べた。
「申立人児島寛二は昭和三〇年一二月九日黒田ダイから別紙第一目録記載の物件(以下本件物件という)を買い受け、同日所有権移転登記手続を受けたものである。しかるところ、相手方株式会社興紀相互銀行は黒田ダイに対し元金一、〇〇〇、〇〇〇円とこれに対する昭和三一年一月五日から同年六月一九日まで日歩五銭の割合による損害金八三、五〇〇円との合計金一、〇八三、五〇〇円の債権があるとしてこれを被担保債権とする抵当権実行のため当裁判所に対し右の物件の競売を申し立て、同三一年六月二五日同裁判所において本件物件につき競売手続開始決定(昭和三一年(ケ)第一五三号)がなされた。しかして、相手方が右競売の申立理由とするところは、相手方は同二九年一二月二八日黒田ダイとの間に、同人が相手方から無尽金の給付を受けた場合の債務、手形割引、貸付、当座借越、保証等に基き相手方に負担する債務を担保するため当時同人の所有に属していた本件物件について債権元本極度額金一、〇〇〇、〇〇〇円の根抵当権を設定する旨の契約を締結し、同日その旨の登記手続をなした上、同人に対し金一、〇〇〇、〇〇〇円を貸し付け、債務者たる同人からはこれが支払のため同人振出にかかる金額右と同額、支払期日同三〇年二月二五日なる約束手形を受領したが、債務者黒田ダイは右支払期日にこれが支払をなさず、右の約束手形は次々に書き替えられ最後に同三〇年八月二〇日相手方に対し金額右と同額の支払期日同年九月一八日なる約束手形を振り出したけれども、結局債務者黒田ダイは相手方に対し貸付金に対する同三一年一月四日までの利息を支払つたのみでその余の元利金を支払わないから、右貸付元金一、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する同三一年一月五日以降約定の日歩五銭の割合による損害金債権の満足を得るため競売の申立に及ぶというのである。
しかしながら、相手方の右競売の申立は次に述べるとおりの理由で許されない。
(一)、債務者黒田ダイが相手方に対して設定した根抵当権は、真実は、同債務者が相手方から無尽契約に基き給付を受けた場合負担することあるべき将来発生する掛戻債務を担保するため設定せられたものであり、このことは登記簿記載の本件根抵当権設定登記の文言自体から明白であるが、このように将来発生することあるべき債務につき設定された根抵当権設定契約は無効である。
(二)、相手方が本件抵当権の実行により満足を得ようとする債権は、債務者黒田ダイに対して有する手形債権である。したがつて、仮に右抵当権設定契約が有効のものとしても、同抵当権の被担保債権は前記のように無尽契約に基く給付金の掛戻債務であるから、これを手形債権の満足のため流用することは許されない。
(三)、仮に、本件根抵当権が相手方主張のように、無尽金の給付を受けた場合の返還債務、手形割引債務、手形貸付債務、当座借越債務等債務の発生原因の何であるかを問わず債務者黒田ダイが相手方に対し将来負担する一切の債務を担保するため設定されたものであるとするならば、その被担保債権の範囲は漠然として確定していないというほかなく、したがつて、抵当権設定契約は無効であることになる。(昭和三〇年六月四日付法務省民事甲第一、一二七号法務省民事局長回答、同年一一月二八日付法務省民事甲第二、五一二号法務省民事局長電報回答、同年一二月一七日付法務省民事甲第二、七一三号法務省民事局長電報回答、同年一二月二三日付法務省民事甲第二、七四七号法務省民事局長通達等参照)
(四)、仮に、本件根抵当権の被担保債権のうちに手形債権も含まれるものとしても、担保される手形債権は債務者黒田ダイが当初振り出した金額一、〇〇〇、〇〇〇円、支払期日昭和三〇年二月二五日なる約束手形債権であり、それ以外の手形債権は包含せられない。しかして、右手形債権は手形書替の結果更改によつて消滅に帰した。ところが、相手方は書替後の手形債権も本件根抵当権によつて担保されるとしてそれを被担保債権として本件競売の申立をしているのであるから、それは許されない。
(五)、相手方は債務者黒田ダイに対して有する抵当債権額は元金一、〇〇〇、〇〇〇円とこれに対する遅延損害金であるというが、同債務者は相手方の無尽契約に加入しその掛込金は金二〇〇、〇〇〇円に達しているから、その返還請求権をもつて対等額において相殺すれば、残債務は金八〇〇、〇〇〇円となる。しかるに、相手方はこれを考慮しないで不当にも全額につき競売を申し立てている。
以上いずれにしても、本件競売の申立は理由がないから、さきになされた競売手続開始決定の取消と相手方の右競売の申立の却下とを求めるため異議の申立に及ぶ。」
相手方代理人は、主文同旨の決定を求め、答弁として次のとおり述べた。
「申立人主張事実のうち、申立人がその主張の日時黒田ダイから本件物件を買い受けその登記を経たこと、相手方がその主張のように競売を申し立てその主張の日時競売手続開始決定があつたこと、相手方の競売申立の理由が申立人主張のとおりであることはこれを認めるが、その余の事実を争う。昭和二九年一二月二八日設定された本件根抵当権は、相手方銀行契約約款による無尽金の給付を受けた場合の債務、手形割引、貸付、当座借越、保証その他債務者が相手方に負担する一切の債務を担保するためのものであり、したがつて根抵当権設定契約において一定の被担保債権が明示せられているものということができるのであつてその点何等瑕疵はない。もつとも右被担保債権の表示のうち「保証その他債務者が相手方に負担する一切の債務」という部分は被担保債権を確定し難い嫌いがないではないけれども、その他の部分、すなわち「相手方銀行契約約款による無尽金の給付を受けた場合の債務、手形割引、貸付、当座借越」による債務との部分については明かに被担保債権は確定しているから、少くとも、この部分に関する根抵当権設定契約は有効である。しかして、相手方が抵当権の実行を求める被担保債権は、相手方が昭和二九年一二月二八日債務者黒田ダイに対して貸し付けた金一、〇〇〇、〇〇〇円の返還請求権とこれに対する同三一年一月五日以降約定の日歩五銭の割合による損害金債権とであるから右根抵当権によつて担保される債権であること明白である。申立人は相手方が手形債権について抵当権の実行を求めているというけれども、それは誤解であり、申立人主張の約束手形は右貸付債務の支払のため振出されたものである。なお、申立人は相殺の主張をなし、債務者黒田ダイが相手方の無尽契約に基きいくらか掛込金をしていることは事実であるが、右掛込金の返還時期は右掛込金の満期たる昭和三四年一二月二八日に到来するのであつていまだ殺適状にない。
そうすると、相手方の競売の申立に不備はない。」
証拠として、申立代理人は甲第一、第二号証を提出し、乙第一号証の成立を認めて援用し、相手方代理人は乙第一号証を提出し、甲号各証の成立を認めた。
理由
本件物件はもと黒田ダイの所有に属したものであるが、申立人が昭和三〇年一二月九日同人からこれを買い受けて所有権を取得し、同日その取得登記手続を経たこと、及び相手方が黒田ダイに対し金一、〇〇〇、〇〇〇円とこれに対する昭和三一年一月五日から同年六月一九日まで日歩五銭の割合による損害金八三、五〇〇円との合計金一、〇八三、五〇〇円の債権を有するとして、抵当権の実行のため当裁判所に対し右物件の競売の申立をなし、申立人主張の日時同裁判所において競売手続開始決定(昭和三一年(ケ)第一五三号)がなされたことは当事者間に争がない。
しかして、成立に争のない乙第一号証(根抵当権設定約定証書)によると、相手方は昭和二九年一二月二八日黒田ダイから債権元本極度額金一、〇〇〇、〇〇〇円の限度において本件物件につき根抵当権の設定を受けたのであるが、その被担保債権は「貴行(相手方)より貴行契約々款による無尽金の給付を受けたる場合の債務、手形割引、貸付、当座借越、保証其他拙者(黒田ダイ)が貴行に負担する一切の債務」と表示されたことが認められる。
しかるところ、申立人は、本件競売申立の基本たる根抵当権は、その被担保債権の範囲が不明確であるからその効力を認め難い旨主張するので、まずこの点について考察するに、右根抵当権設定約定証書の前記文言を形式的に捉えて、同抵当権が黒田ダイにおいて将来相手方に負担すべき買掛代金支払債務や不法行為に基く損害賠償債務等をも含めた意味での「一切の債務」を担保するために設定されたものと解するならば、或は右申立人の主張も理由があるとする余地も全く考えられないわけではない。しかし、契約は取引の慣行を考慮しことに当事者の達しようとする目的に則して合理的に解釈しなければならないところ、右根抵当権設定契約において抵当権者は相互銀行であり、また同契約はその記載自体からみて同銀行において平素根抵当権設定の場合に使用される不動文字の印刷された証書用紙と認むべき乙第一号証の用紙を使用して締結されたことが明らかであるところからすれば、特段の事由の認められない以上、債務者は相手方銀行が営む業務たる取引の範囲内(相互銀行法第二条、第七条)において与信を期待し、また相手方銀行においてもその趣旨の下に根抵当権設定契約を締結したものとみるのが相当である。したがつて、右根抵当権設定契約書に表示された被担保債権の文言は、相手方銀行の営む業務たる取引によつて生ずる一切の債権を意味するための表現形式として、「無尽金の給付を受けたる場合の債務、手形割引、貸付、当座借越、保証」と主要な例示を拳げた上「その他相手方に負担する一切の債務」と記載して右の趣旨を具体化したものと解されるのである。そして、本件根抵当権の被担保債権の範囲を右説示のとおりに解する限り、この程度をもつていわゆる抵当権の附従性を十分に充足しているものと考えられるから、右と異なる前提に立脚した申立人の主張は採用することができない。
なお、本件根抵当権の被担保債権の範囲について申立人は、債務者が無尽金の給付を受けた場合負担することあるべき債務のみであると主張し、成立に争のない甲第一号証(登記簿謄本)によると、本件根抵当権は登記簿上別紙第二目録記載のとおり登載されていることが認められ、その記載ことに「特約、給付金月賦弁済を怠りたるときは期限の利益を失う」との個所は、給付との字句を使用する関係からあたかも無尽金の給付を受けた場合だけを対象として契約されたもののように読みとり、したがつて本件根抵当権はその場合についてのみ設定されたものと誤解されるおそれがないわけではないけれども、これを前段認定の事実に徴すれば右にいわゆる給付とは前示の取引に基き直接間接に債務者に授与される信用を総称するものとみるのがより妥当な解釈であり、右登記簿の記載をもつてしても未だ前記申立人の主張を支持するには足りないと考える。
また、申立人は将来発生すべき債務について設定された根抵当権は無効である旨主張するようであるが、将来発生すべき債権の基本となる契約が確定していて被担保債権が将来成立すべき可能性を有する限り、その根抵当権は附従性を害することはないと解するのが相当であるから、右主張もこれを排斥せざるを得ない。
しかるところ、一件記録によれば、相手方が債務者黒田ダイに対し昭和二九年一二月二八日金一、〇〇〇、〇〇〇円を貸し付け、その履行期が同三〇年九月一八日到来したこと及び遅延損害金の定めが日歩五銭であることが認められる。そして右貸付金返還請求権が前記根抵当権の被担保債権の範囲に含まれるものであるこというまでもない。なお申立人は本件競売申立の基本債権が手形債権であることを前提として主張するところがあるけれども、相手方は、前記貸付金返還請求権の満足を目的としてこれを被担保債権とする抵当権実行に及んだことが記録上明らかであるから、右主張はこれをとりたてて検討する必要をみない。次に、申立人は、本件の競売手続開始決定に表示された抵当債権額が一部相殺により消滅に帰すべきものである旨主張しているが、競売法による競売手続開始決定にあつては右決定に表示された債権額が現存の債権額に比べて多少の差異があつてもそのため債権の同一性を害しない限りこれを理由として該決定の取消を求めることを得ないと解するのが相当であるから右の主張もまたすでにこの点において採用できない。
以上説示のとおり本件競売の申立、並びにこれを認容してなされた不動産競売手続開始決定は正当であつて、これを攻撃する申立人の主張はすべて理由がないものであるから、本件異議の申立を失当として棄却することとし、申立費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 前田治一郎 吉井参也 戸根住夫)
第一目録
神戸市生田区下山手通二丁目一番の二地上
家屋番号 二番
木造鉄板葺二階建事務所兼居宅 一棟
建坪 二〇坪三合
外二階坪 一六坪八合四勺
第二目録
根抵当権の設定
受付 昭和二九年一二月二八日
第一九一四五号
原因 同年同月同日契約
債権元本極度額金一百万円也
約定期限 昭和三四年一二月末日
特約 給付金月賦弁済を怠りたるときは期限の利益を
失う
遅滞損害金 百円に付日歩五銭
根抵当権者
和歌山市七番丁一番地の一
株式会社興紀相互銀行